18列46番で会いましょう

私に好きなだけキキちゃんの話をさせてくれ

やべぇ男にひっかかった

やべえ男にひっかかってしまった。
DV男でも浮気性でもヒモでもないけど、それは間違いなくやべぇ男だった。エジプト軍ヒッタイト駐屯地の将軍でオッドアイの、ドラゴンチャイナを着て銀橋を渡り、愛されていないのに愛してしまった哀しい男を演じたりする、「やべぇ」男なのだ。
──彼女の名前を芹香斗亜という。
「男じゃないじゃん」「こいつのほうがやべぇんじゃねぇか」
そういう声が聞こえてくるのもわかる。でも聞いてほしい。とにかく聞いてほしい。いやマジで聞いて。
芹香斗亜は、やべぇ男だったのだ。



最初は、ラムセスかっこいいな、だった。
お衣装似合いまくりだし背高いし歌はめっちゃキャラにあってるし、ていうか最初のセリ上がりから最高オブザイヤーじゃん。ラムセスかっこいいわ。キキちゃんもラムセス似合うわ。私カリスタのロベルトも好きだったからこういうテイストのキキちゃんの見た目どストライクなんだわ。ガハハ。いや眼福だった。
そんなことを言いながらトイレに並び、そのあともホクホクしながら公演カクテルを飲んだ記憶がある。というか、ここまでしか記憶がない。
カクテルの味が濃かったところまでが、その日の私の記憶のすべてだった。

次の瞬間、気づいたら家だった。マジで。
えっ?シトラスは?明日エナは?えっ?
でも時計はきっちり四時だったりする。ちゃんとひと公演ぶん経ってる。しかも見慣れた家のベッドに寝転んでる。
カクテルで酔っ払って飛んだのか?大丈夫か?
いい年してマジでびびって、私はあわててカバンをあさった。鍵も財布もあるし、それに──なんだかたくさんの紙が、すみれ色のビニール袋に包まれている。
えっ、なにこれ怖……と恐る恐るそれを引っ張り出した私は、真の恐怖を目の当たりにした。

そこに包まれていたのは、
めちゃくちゃ大量のキキちゃんの舞台写真だった。

ええー!!!???ええー!!!?!!???
手から滑り落ちる大量の富士フィルム、大量のキキちゃん。
しかもなぜかドラゴンチャイナだけ四枚くらいある。階段に座ってるラムセスは二枚あった。
そしてすべて思い出したのである。
キキちゃんが……いや、芹香斗亜が激ヤバであったことを。


まずドラゴンチャイナがずるい。
びっくりするほどダンディズムだった。マジで男の美学だった。キキちゃんの星組力がカンストしてた。
男役っていうか男っていうかもう「芹香斗亜」だった……ハンサムでもイケメンでも、ましてやかっこいいという言葉すら陳腐……そう、あれはダンディズム……
とくに銀橋のど真ん中でしゃがんでオラつくところ、あれとかほんとにいけない。ウッてなる。心臓がウッてなる。私の心臓が強くてよかった。
あと席が悪くてよかった。あれを真正面で食らったら「死因:ダンディズム」になるところだった。それはむしろ本望。

別の意味で心臓がウッてなるのはアマポーラ。
アマポーラ、今度はキキちゃんの花組力がめちゃくちゃ発揮されてたと思うんですけど……??
しなやかな華というか、髪の毛の一本一本にまで神経が行き届いているような美しさ。もしかして私気持ち悪いこと言ってる?でもしょうがねぇ。キキちゃんのアマポーラが綺麗なのが悪いんだ。
あとドラゴンチャイナからアマポーラの高低差がすごくて、これが組替えか……ってなったのも思い出した。花組力と星組力って同じ強さでも全ベクトルが逆方向だと思うので、そのハイブリッドってこんなに美の振り幅が広くなるのかって感動したんだ……
キキちゃんは男の美学と男役の美学、どちらも継いだんだな。完璧だな。もしかして私また気持ち悪いこと言ってる?でもしょうがねぇんだ。キキちゃんがエモいのが悪いんだ。

エモいといえば、そう……1860年シチリア──
ノスタルジア、初演からはちゃめちゃに好きな場面なんですがこれがね……あの、ねぇ……もうさ、ほら、芹香斗亜がエモいんだ……わかってくれよ……
上品でノーブルなんだけど、じっとりした愛と嫉妬を感じるんだ……表情の演技が最高なんだよ……
セリフひとつない場面って顔芸になりがちだったり大げさになったりしがちだと思うんだけど、なにを隠そうこのセバスチャン、それがどちゃくそに上手いのであった。
マチルドとヴィットリオの見つめ合いに気づくところとか、そこにさっと割り込むところとか、自分の手からすり抜けていきそうになるマチルドを追うところとか、ぜんぶ最高だった。
あとなにがいいかって最後、決闘を挑むところがね。あそこで急にセバスチャンの体温がガッと上がるのがわかるのがエモい。上手い。すげぇや。

体温といえば、明日エナの~~~キキちゃんの~~~溌剌さが~~~たまらねぇ!!!
星組力でも花組力でもなく、キキちゃんの本来の持ち味がメッチャ活かされててすごいすき。明日エナでめちゃくちゃに笑顔なキキちゃん最高やんけ。上品なのに少年ぽい溌剌さがあってまことに最高。「キキちゃん!」って感じ……わかってほしい……

そうして気づいたら舞台写真を大量に買って、そのまま放心状態で帰路についていた……というわけだ。決してカクテルが濃かったわけではない。
あとファフォブとMY HEROもすみれ色のビニール袋のなかに入ってた。いつ買ったんだろう。あらびっくり。ふしぎだね!

ひとの記憶と金を飛ばす男、芹香斗亜はやべぇやつだ。やべぇ男にひっかかってしまった。
これ以上、芹香斗亜にハマってはいけない。決してツイッターをあさったりお茶会のレポを調べたりしてはいけない。いちごミルクを作ったり、ラムセスの槍に洗濯物を干したりしているのを知ってはならない。
この先は深い沼だ……決して行ってはいけないよ……こころのどこかで美穂圭子先生が歌っている。諦めるんだ、とこれまた眼帯の美穂圭子先生が厳しく言いつけている。
たしかに、芹香斗亜はやべぇ男だもん。たとえこのひと月、芹香斗亜のことしか考えられていなくても。ラムセスやドラゴンチャイナにもう一度会いたいと思っていても。これ以上深入りしてはいけない。
うんうん頷きながら、私は決めたのだった。勇気ある決断だった。英断だ。

今週末、東宝に遠征しよう。